7月末に閉店した福家書店佐世保店(イオン佐世保店5階)で最後に買ったのがこの小説。角川書店の「名作大漁九州フェア」対象商品ということで平台に積んであったので買ってみた。ストラップももらったけどどこに行ったかな(^^;
松本清張の芥川賞受賞作などを収めた短篇集。ということで、推理小説ではない。
森鴎外の小倉在住時の足跡の調査を執念を燃やす青年の人生を追った表題作。明晰な頭脳を持ちながら「神経系の病気」とおぼしき障害を持つ青年の孤独と、彼を支えようとする母親の無償の愛の切々とした詩情が物悲しくも美しい。
一方で、鴎外の足跡を丹念に追う彼の調査ぶりは、後に清張が執筆した推理小説群の嚆矢と言えそうな気も。推理小説ではないこの作品では彼の努力は結びつくことなく、主人公の死と、その後に起きた現実のあっけなさはその物悲しさを際立たせている。
この青年田上耕作は実在の人物で、森鴎外の足跡を研究していたのは事実だそうだが、それ以外の点は清張の創作もかなり入り混じっているらしい(一人っ子ではなく姉がいるとか、亡くなったのも空襲のため、とか)
この作品以外の主人公も、文才に恵まれながらその性格ゆえに支障から破門され、精神をやんでいく女流歌人や、傍流故に主流派の学会に反抗し周囲も自身も傷つけながら早世する考古学者、など、主流になれず、憧憬と憎悪に煩悶する点は共通している。後に書かれた推理小説の登場人物と違い、彼らは疎外されながらも「犯罪」という最後の一線を越えることはないが、煩悶する彼らの姿は後の清張作品に描かれる犯罪者たちの萌芽を感じさせる。
唯一毛色が違うのは2作目の「父系の指」。息子の語りという形でその父親の一生が語られるのだが、裕福な家に生まれながら何故か貧農の家に養子に出されあまり恵まれぬ人生を送るこの父親、他の作品の主人公と違い俳人や学者といった知的な職にはついておらず、また浅学でインテリに対する憧憬はあるが、人が良いのか憎悪の念はかけらもない。
この父親は清張の実の親がモデルらしい。物語を語る息子も清張自身を投影した人物であり、他の短編に見られる主人公の特性も、貧困を極めた半生、そして人はいいけどどこか子供っぽい似非インテリな父親からの影響と反発が土台にあるのかな、と。物語の結末で、東京で大成した父の弟(要するに彼の叔父)の遺族の家で親切な対応を受けながら言いようのない反発と劣等感を顕にするラストを読んで思った。
もっとも、Wikipediaによると「九州に帰ったらはがき一枚出すことはないだろう」と語ったこの叔父一族の家に、芥川賞受賞後、東京に移り住んだ折に一時寄宿していたらしい。大作家の虚実は一筋縄ではわからない(^^;