夜の記憶 トマス・H・クック

これほど読むのがキツい小説も珍しい。人間の心の闇を描いた小説は少なくない(推理小説だと多かれ少なかれそういう部分はある)が、読後に残る重い余韻は読んでしばらく消えなかった。

「怖い」小説だが、怖さそれ自身より、圧倒的な怖さにさらされた時の人間の脆さが怖くて切ない。

幼い時に姉を惨殺されたことがトラウマになってる小説家ポールが主人公。彼が郊外の豪邸に住む女主人から50年前に起きた少女殺しの真相究明を依頼されたところから話は始まる。

ポールの書く小説は二人組の殺人鬼とそれを追う刑事を主人公にした連作もの。ポールの悲劇的な体験がその小説のベースとなっており、陰鬱な夢想家ポールの語る物語は時に50年前の事件の犯人や刑事、そして自分自身を小説の登場人物に投影しながら語られる。

陰惨だが抑制的な筆致で描かれる心象描写が単調になりがちな謎解きメインの物語展開の中でアクセントになっていると同時に、最後に明かされる秘密のミスリードとなっている当たりが実に上手い。

50年前の事件の謎解きは意外とあっけない。1998年に書かれた小説とのことだが、終盤明かされていく謎がインターネット検索とで明かされていくのがなんだかだが、明かされた真相はまた沈鬱なもの。ポールの事件と50年前の事件、個人の悪と社会の悪、このあたりの対比を描いているのかな、と思ったが、それまでの閉鎖的な雰囲気からいきなり突き抜けた感じで、ちょっと突飛に感じた。

クライマックスは最後に暴かれるポールの事件の真相。ラストは幾許かの救いを感じさせるものになっているが、それでもほろ苦い余韻は消えない。圧倒的な悲劇にまみえた時、人間はそれに折り合いをつけても、克服するのは不可能なのかも。ポールはこのあとどう折り合いをつけて人生を送るのだろうか。この年になってフィクションでそんなことを考えさせられたのは久しぶりだ。

読んで見る価値のある小説とはいえ、体調や気分がいまいちの時は絶対におすすめしない

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