トマス・H・クック「死の記憶」

死の記憶 (文春文庫)
死の記憶 (文春文庫)

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トマス・H. クック Thomas H. Cook 佐藤 和彦
文藝春秋 (1999/03)
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最近読んだ小説の中でも悲惨さ際立つ主人公だ。

平凡だけど幸せな生活を送る主人公がふとしたきっかけで破滅に向かう、というストーリーはけっこう多く、この小説もそのタイプのものだけど。

主人公のスティーブは9歳のときに実の父が家族を惨殺し、天涯孤独となった過去を持っている。35年後、事件について話を聞きたいとある女性作家が訪れてから彼の運命が大きく動き始める、というのが話の発端。

「破滅もの」の場合、きっかけは受動的であれ、何なりとその結末に至るだけのアクションが起こりうるものだが、この主人公の場合、それが希薄な感じ。

一人称で書かれているため、美人の女性作家との出会いに浮き足立ったり、父親の記憶をたどる中で己の境遇に対する不安感がもたげ、次第に焦燥感を募らせるあたり、内面の振り幅は大きいものの、外目から見ると彼の行動は淡々としている。

訳者があとがきで三人称にこだわるクックがこの作品はなぜ一人称で書いたか、にふれているが、それは多分、この小説の半分が主人公の「妄想」でできているからでは、と(笑) 「妄想」があんまりなら「内省」というべきか。それだけに、彼の人生があっけなく崩壊してしまう様はあまりに痛々しい。

さらに言えば、たいていの「破滅もの」はそのあとに「再生のストーリー」と続くのが定石なのだが、この人の場合、予想外の真実は突き止めたものの、どう考えても前向きに「再生」できるような代物ではないような気が。

意外な結末はサプライズなのだが、それ以上にスティーブがこのあとどういう人生を歩むのかを考えるとなんとなく徒労感すら感じてしまう。

といっても後味が悪い、というわけではなく、ほろ苦い余韻の残る深煎りのコーヒーのような味わい、というか。少しずつ取り戻される家族の記憶とともに謎が解け、逆に謎が生まれるストーリーテリングも実に巧み。ただし読後感は重いです。かなり。

ただひとつ気になるのは「運命の女」たる女性作家レベッカのキャラクター。野心家だけど洗練された完成された女性、といった感じだけど、その分人間味が希薄になってしまったような。まるでスティーブを転落させるための「きっかけ」にすぎないような。

彼女に「情熱」や「悪意」といった感情を表させないことで「ほんのささやかなきっかけで人は破滅する」ことを強調している? と見るのはうがちすぎかもしれないが、彼女の登場の部分だけ血の通わない印象があり。そこはちょっと残念。


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